ヴァイオリンの魅力は音色、フォルム、構造などの色々な要素から成り立っています。それらが重なり合い、縺れ合うことで個性が輝くのでしょう。
現在まで音響、物理、材質、楽器の分析など多方面から様々な考察が盛んに行われていましたし、これからも行われるでしょう。
幸いにもストラディヴァリの作品は多く存在し、好条件の元で保管されています。
ストラディヴァリの足跡ですね。
私もより多くの見聞に触れるように努めていますが、法則や原理、条件が一定ではないため難しいですし、最終的には好みというファジーな面も加わってしまいます。
現実的には、「より良い楽器を」ということを常に心がけることが精一杯に感じる時もあります。
そのような時に、
ストラディヴァリはどんなことを考えていたのだろう?
グァルネリ”デル・ジェス”はどんな気持ちで作っていたのだろう?
ヴィヨームは名器を扱いながらどんなことを感じていたのだろう?
という思いに耽る事があります。
今、手元にはこれまで蓄積してきたストラディヴァリの楽器(ヴァイオリン)の基本的な採寸データが498件あります。まだ空白があり、完全ではありませんが参考として使えるのは293件ありました。
数字の羅列だけでは何も見えなかったのですが、ふと思いつき、グラフ化すると理解が深まるかもしれないと思い試してみました。ストラディヴァリの楽器はサイズが異なってもストラディヴァリの音色を持っていると言われます。サイズについて、ストラディヴァリはどのような変遷を辿ったのかも気になっていたところです。
物事が複雑な時はポイントを絞って考えるとシンプルになります。そういう点からボディの長さとボディの幅の関係を時系列でグラフ化してみました。製作年は分かっても同年代での順番は不明なので単位は年です。
年月の経過とともにストラディヴァリの製作の軌跡を辿ってみました。
先ずは、その各グラフを。


ストラディヴァリの作品群は大まかに分類されています。
耳にしたことは多いかと思いますが、いわゆるアマティ期、ロング・パターン期、黄金期と呼ばれているものです。
アマティから独立してからのアマティ期、試行錯誤が始まった1699年までのロング・パターン期、そして製作活動で最も輝いていた1700年から1720年の黄金期ですね。
この期間をグラフに追加します。


期間の区切りがはっきりしていますね。
数字の羅列ではいまいちピンとこなかったのですがグラフ化してみるとはっきりと判ります。
アマティから独立してしばらくは小振りな楽器を作り続けていますが、1690年に突然長くなっています。ロング・パターン期の幕開けです。その期間内でも現代で標準とされる356mm前後の楽器を作っていますので、試行錯誤、ああでもない、こうでもないと葛藤していたのかもしれません。或いは思いついたアイデアを形にして、様々な挑戦をしていたのかもしれません。
長さと幅のグラフを比較すると一目瞭然ですが、ロング・パターン期はロウアーバウツ幅が非常に小さくなっています。これはロング・パターンの特徴でボディ長が長く、幅が狭められている点です。内部空間の容積を考慮してそのような設定をデザインしたのかもしれません。
(幅は最も広い下部のロウアー・バウツと呼ばれる部分をグラフ化しています)
1699年を境に黄金期に移ります。ストラディヴァリの作品群で高評価の楽器が生み出されている時期です。ロング・パターンは一旦封印され、現代で標準とされるサイズ前後のものが中心に製作されています。
アマティ期とロング・パターン期を経たことによる功績でしょうか。
ところが1708年辺りからまた試行錯誤、挑戦が始まります。360mm近くのロング・パターンを製作したり、352mmほどの楽器を作るという繰り返しが行われています。黄金期の終盤で少し落ち着くものの、晩年までこの繰り返しが続いています(むしろ晩年の方が顕著です)。
因みに、92歳と書き込みのある楽器は1736年の’Muntz’で356mmのボディ長です。
時々製作しているロング・パターンは顧客からの要望だったのかもしれませんし、ストラディヴァリ自身が思入れていたのかは定かではありません。

私自身は、このロング・パターンに美を感じています。すらっとしていてやや高身長で、高貴さを感じずにはいられません。
アーカイブで流し見していても、綺麗で端正さを感じて目が行くと、ロング・パターンだったりします。一般にはストラディヴァリ・モデルとして製作されるモデルは黄金期からのモデルが主要です。標準的なサイズということもあってか自然と黄金期に意識が向いてしまっていたので、ロング・パターンの重要性には気づいていませんでした。
個人的にはストラディヴァリもその美しさを忘れることが出来ず、晩年にかけて取り組んだモデルなのだと思いたいところです。
ただ、手元のデータの200件ほどがまだ反映されていません。これらが加わるとまた違った見方になるかもしれませんので、まだ考察の途上にある事を覚えて戴けますと幸いです。
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