ストラディヴァリのロング・パターンのヨアヒム1698の裏板(メイプル)をチューニングしていると、木質の関係上、柔軟性や音程がなかなか狙い通りに一致せず、とうとう破棄せざるを得なくなりました。無念であります。。
気分転換
今回チューニングされた裏板のメイプル材は、表板のスプルース材とぴったりと合致してはいたのですが、その状態でのメイプル材の剛性が高すぎて残念な結果となっています。破棄はロスに繋がりますが、妥協を許すとそこから済し崩し的に妥協が続いてしまうという自分の性格を十分に自覚しているので泣く泣くの後始末です。
少し休みを取り全体を見直す頃合いなのかもしれません。それにしても決して安価な木材ではありませんし労力的、精神的にもダメージは大きいです。
そこで気分転換に、ストラド/ヨアヒム1698に続くモデルの選定と下準備をしました。
色々と資料を閲覧しながら何か琴線に触れる楽器を探していたのですが、なかなかグッと来るものが見つからず。。。
そこで、予てから手掛けてみたいと感じ続けていたマッジーニの1620年のモデルにと心を固めました。

見るからに甘美な音色が聴こえてきそうな雰囲気で独特の外観を持った風格を感じさせられる佇まいです。おそらくこの楽器を書籍などで目にした方は多いのではないでしょうか?
特徴は表板のダブル・パーフリングとやや長くダイナミクスを感じさせるF字孔、そして裏板のダブル・パーフリングと上下に配されたパーフリング材のインレイ・ワークであるクローバーでしょうか。もちろん左右非対称のスクロールもとても個性的です。
早速手元の資材でテンプレートを作り始めました。




ひとまずはテンプレートを作成したのですが、これは左右対称性を重視したものです。
ここで葛藤が生まれました。マッジーニのキャラクターを踏襲するか、あるいは現代的に対称性を重視したアレンジのマッジーニ”1620″にするのか。。最初は後者を考えていました。
ですが、マッジーニのこのモデルを眺めているうちに、対称性を重視するとマッジーニらしさが損なわれるように感じてきたのです。そのように感じるということはより忠実に作りたいという衝動にか駆られている自分に気がつきました。
それというのも、マッジーニの一連の作品を鑑みても、マッジーニにおいては「対称性」がネガティブ要素になるように感じた次第です。
ジョバンニ・パオロ・マッジーニについて
ブレシア派では最もよく知られている製作家、ジョヴァンニ・パオロ・マッジーニはボッティチーノ生まれで、1586年頃にガスパロ・ダ・サロに師事するためブレシアに移りました。
ガスパロ・ダ・サロの元での20年間の仕事の後、マッジーニは自身の殻を破り、マッジーニ自身のモデルを開発し始めました。
マッジーニのバイオリンは独特な2つのパターンに基づいており、一方は約35.5cmという現代の長さの基準に合致するものの、他方のパターンは約37cmとかなり大きいものです。
マッジーニ自身は、そのパワフルな音質から大きなモデルを好んだようで、実際に長くなったボディ長は、アントニオ・ストラディバリの名高い「ロング・パターン」のヴァイオリンに影響を与えた可能性も秘めています。
マッジーニの初期のビオラもかなり大きかったものの、時の経過とともに現代のビオラの標準サイズである41〜42cmに縮小されました。
マッジーニのラベルには年代が記載されていないので、マッジーニによる作品の進化の過程については、はっきりとしたイメージは判りません。
実際に年代特定法では、歴史的にマッジーニに帰属する多くの優れた楽器は、北部イタリアを席巻した大きな疫病で1630年頃にマッジーニが死去した後に作られたという事が証明されています。これらの特定の楽器は、推測の範囲ではありますが、1650年以降、マッジーニに続く製作家達によって作られた可能性があります。後の作品を取り巻く推測も含まれるものの、マッジーニがヴァイオリン製作の初期段階におけるブレシア派の中心的役割となるヴァイオリンとヴィオラのコレクションを残したことは事実です。
種が芽生え究極の完璧さという実を結ぶまで、一連の過程を詳細に渡って観察しなければならないわけですが、成功を収めた発展という事象から私たちが導かれることは、ヴァイオリンの製作技術という点において「小さきものから大いなるもの」へ、「狭い範囲という制限されたものから際限のないもの」へとどのように推移したのかという事実、そして原因と結果というスキームに焦点を当てる事となります。
したがって、製作技術は「原始的な幼稚で拙い努力」として始まり、子供が手探りで掴むように小さな事から生まれ、徐々に「巨大で偉大なるものへと徐々に前進」するのが常であります。
このスキームの中でヴァイオリン製作というものが初期の粗雑な作品から最も偉大な作品へと進歩したのです。
ガスパロ・ダ・サロから読み取ることのできる「ラフで無関心に感じるアウトライン」から「精巧で完成度の高い」ストラディヴァリまでと言えましょう。
永きに渡る実験の織りなしを根底とし、時には進歩しているように見える反面では根本的なエラーを検出し、それらのエラーを捨て去って新たなプランを基に再開が行われる。このような長年の試行錯誤の後に「美」は地平線から太陽が昇るように現れるのです。
マッジーニの中期と後期の作品を眺める事でその推移を見て取ることができます。それぞれの推移は先行するものとそれに続くものとの間に美しい繋がりがあり、チェーンの様な連続性を辿ることができます。
初期
初期の先品からは、強烈な印象、突然始まるコーナー部分、あまり注意を払われていないダブル・パーフリングからガスパロ・ダ・サロの影響を明らかに見て取ることができます。
長く尖りがちなF字孔、エッジの不均一さから原始のヴァイオリンとしての特徴がマッジーニの心の中で揺さぶられているように見受けられます。
裏板のメイプルは板目にカットされていましたが、後に柾目にカットされるようになりました。
必ずしも賞賛されるとは限らない個性の豊かなスクロールは雑然と彫られ、ガスパロ・ダ・サロのスクロールと同じように原始的でスクロールの両側面は非対称で、彫りも深いものとなっています。
マッジーニのセミ・イニシアチブ期間での足跡はわずか数年の間で、マッジーニは満足していたようである。

中期
その後、マッジーニはストラディバリの傑作へと繋がる中期に入ります。この頃のマッジーニは進歩の確実性が増し、見解も広がり、意欲も増しているように見受けられます。
つまり、この時期のヴァイオリンはサロを一人取り残したようにも見受けられます。
特筆すべきはマッジーニが後に続くすべての製作家が用いているサイド・ライニングとコーナー・ブロックを導入するという、新しくも未知の道を慎重に検討していたことでしょう。
マッジーニはやや高めのアーチングを試し、パーフリングにも大きな注意を払い、F字孔をカットする際も巧妙さを示すようになっています(しかし、最初の期間のオリジナリティからは逸脱していません)。
また、大きめのスクロールは緻密な対称性が与えられる事となっています。
最高品質の木材を選び、木材を板目に製材することはほとんどなくなり、マッジーニはこの期間に点から点に向かって頂点へ達するように昇華したわけです。
その品位は落ちることはなく、マッジーニの進歩の始まりから熟成までの間はとても速いものでした。
ワークマンシップは決して見苦しいものへと沈むことはなく、マッジーニのヴァイオリンは他作家の楽器が 製作において”冬の季節”という悲惨な崩壊形態を呈している間、激しい新鮮さで、まるで荒廃を支配するように構成されていたのです。これはマッジーニの構想の強さと堅牢さ故にでしょう。

後期
さらに熟練された楽器は後期に属するものです。
飛び抜けてはいないものの、より穏やかな硬さとより穏やかな堅牢さを併せ持っていることはマッジーニが同時代のアントニオ・アマティとジローラモ・アマティの楽器の影響を受けたと考察されています。
はっきりとした隆起ではないアーチとエッジへと続く緩やかなスロープ。長く幅の広いアウトラインのために低く見える横板。重みが軽くなったエッジ。どの方向からも丸みを感じさせられます。
非常に大きくて長いサウンドホールは(上下のカールが小さく)、エレガントなカーブで丁寧にカットされ、細く仕上げられています。スクロールは以前の原始性を失うことはありませんが、より優雅ですし、彫り込みはかつてほど深くはありません。

ほぼすべての楽器が二重のパーフリングで飾られており、そのうちのいくつかは、オリジナリティを見て取ることができます。
また多くは、ヴィオールの時代に取り入れられているものと同様の多様な素晴らしいカールで裏板を装飾しています。
いくつかの楽器には裏板の上下にクローバーがあしらわれていたり、またある楽器には市の紋章やメダリオン、純粋に想像力豊かで見事な絵画が描かれています。
ダブル・パーフリングで知られている一方、数本の楽器にはシングル・パーフリングのものもあり、中には裏板のダブル・パーフリングが鉛筆あるいはインクで書かれたものもあります。
ニスの色合いは様々で暖かい翔さんの感情を引き起こさせられるものとなっています。
マッジーニのニスは最初、鮮やかな茶色でしたが、モデルが一連の変化を受けるにつれ、より鮮やかで透明な黄金色(時には赤褐色)に到達しています。
現代の私たちはこれらの楽器の外観を賞賛し、極端な大きさ(何年にもわたって不評になった大きさ)に疑問も抱きますが、その響きは耳障りな金属音ではなく、なめらかで心地よいものであり、ヴィオールを思い起こされる音色なのです。故にブリリアントではないものの、他製作家からは生まれないマッジーニ特有の魅力となっているのです。
マッジーニについて解る範囲で記述しましたが把握していただければ幸いです。
マッジーニはサロの影響を受け、ライニングとブロック材の導入という画期的な構造改革を行い、上述のとおりロング・パターンという形態ではストラディヴァリに影響を与えた可能性もあり、ヴァイオリン製作においては非常に重要な製作家であると言えます。
このように振り返るとマッジーニのオリジナリティを尊重したくなったので図面の描き起こしとテンプレートの再作成を行いました。
なんとか1枚に収めたかったのですが、特にF字孔とスクロールは左右分が必要となるため資料は2枚になりましたが、より詳細に描き起こすことができました。

慎重にモールドのラインを切り抜きます。この段階ではアウトラインのテンプレートを作成するので図面上のF字孔は無視します。

後の整形を考慮すると、手間が省けるようにギリギリのラインで切出したいのですがリスクが大きすぎるため十分な余裕をとって切出しました。

時間はかかりますが金ヤスリで忠実に整形してゆきます。全ての源となるので手間は惜しみません。

中心線を引く事が出来るように上下に切り欠きを小さく作り、図面の中心線を罫書きます。
左右対称の場合には低音側と高音側の区別は不要ですが、今回の場合は左右非対称なのでミスをなくすために低音側と高音側の印をつけておきます。

ボディのテンプレートが終わったので、次はF字孔も左右を。

改めて感じることは、その非対称性です。驚くほどの非対称ですが良い雰囲気を感じてやみません。

無事に終えました。紙を剥がす前に中心線とストップラインも罫書きます。これを忘れて剥がしてしまうと非常にモヤモヤしてしまうので。

テンプレートの準備はヴァイオリンの製作において第一歩となるものですし、テンプレートの製作中は取りかかるモデルのアウトラインと向き合うこととなるので新たな気づきがもたらされることもあります。上述しましたが、テンプレートはすべての根源となるので力を注ぎたい部分でもあります。
実は私個人として、これらテンプレート類が好きで仕方がありません。テンプレートだけで1つの作品にも見えるように感じます。
ストラディヴァリ、ロング・パターンの”ヨアヒム”1698も楽しみですが、このマッジーニ1620も魅力に溢れており今からワクワクしています。
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