サウンド・ボックスの終盤です。
サウンド・ボックス ~1~、サウンド・ボックス ~2~を経て今回で3度目の更新ですが、ようやくサウンドボックスとしての完成を迎えることとなります。このフィナーレを飾る工程はパーフリング(象嵌細工)です。
エッジから均等に縁取られたパーフリングはヴァイオリンの表情を引き締め、その美観を大きく左右するように感じます。
パーフリング自体の太さやエッジからの距離、コーナー部分の合流(マイターカット)、などなどそれぞれの要素が一つに纏まるとオーラを纏うように感じますし、そのような作品を目指しています。
パーフリング自体は楽器のエッジに衝撃が加わった際、割れをパーフリング部までに留めるという機能的な役割を果たします。その役割を果たすためには浅すぎず深すぎないパーフリング材の埋め込みがポイントになると考えています。
パーフリングを象嵌するためには、エッジから均等な距離にパーフリングを埋めるための溝となる2本の切り込みを入れ、その切り込みの間を彫って溝にします。
この作業ではパーフリング・カッターと呼ばれるツールを使用します。大工道具の筋罫書きという道具と原理は同じですが、湾曲に沿うことができるように基準となる実は円柱形となります。
2枚刃で同時に2本の罫書きが出来ルものの、湾曲の位置によっては固定された2枚刃の融通が効かず、湾曲率に合致しないので使用の際には多少のコツが必要となります。
とは言うものの、このツールがなければ均等に罫書きや切り込みが難しくなるので強力な助っ人に違いはありません。
過去にはパーフリング・カッターを自作した事もありましたが剛性を持たせることが難しく、このパーフリング・カッターに落ち着いています。
色々な形状のグリップを持ったパーフリング・カッターがありますが(直方体の持ち手に細い円柱の基準軸など)、この円柱のグリップが使いやすい気がします。

エッジから基準軸が離れないように気を配ります。最初から深い切り込みは入れられないので、何周も周回しながら切り込みを深めてゆきます。

コーナー部分は別途準備したテンプレートを使用して鉛筆で印をつけ、アートナイフで切り込みを深めてゆきます。

パーフリング・カッターで切り込みを入れ、アートナイフで深くした後、しっかりと切り込みが入っていることを確認して細い溝を掘るツールで切り込みの間を彫り込みます。

このように溝を掘ってゆきます。

このように溝を掘ってゆきます。
メイプル材は固く、刃も滑りがちなので切り込みの外に刃が入ってしまわないことを注意します。硬いので力を入れがちですが、そのような時に限って勢いが余り、削るべきでないところに刃が入ったりしてしまいますので特に入念に。
コーナー部分は特に注意が必要で、気を抜いてしまうと尖り部分が甘くなって(鋭利な先端にならず)精悍さを失ってしまいます。
電動リューターを用いる手法もありますが、あっという間に溝を彫れる一方、あっという間に溝が歪む事も有るというハイリスク・ハイリターンなので、時間は掛かっても手作業で行っています。
丁寧さが求められる工程で(このパーフリングに限らず)、時間を気にすると妥協気味になってしまいがちです。
どれだけ時間が掛かろうとも、丁寧に、誠実にということがポイントとなるのではないでしょうか。そのように心がけています。

全周に溝切りが出来ればいよいよ象嵌です。
パーフリング材をアイロンで曲げて必要本数を準備します。パーフリング材は3枚の薄板が重ねて接着剤で1本になっているので熱が高すぎると接着剤が剥がれてしまうので低温で曲げます。

主にコーナー部が綺麗に合わさるように長さを揃えて嵌め込みながら調整してゆきます。
途中で1本折れてしまったので、改めて準備しました。
熱が冷めた後のパーフリング材は脆く折れやすいので注意が必要ですが、長さ調節に集中していると折ってしまうことも。。。

軽く嵌め込んで、しっかりと象嵌できる準備が整えば接着です。膠(動物性の接着剤)を用いますが、濃度は低めに流動性が高くなるように準備し、インジェクター(注射器)で溝に流しながら押さえ込んでゆきます。
普段、注射器は病院以外だと縁がありませんが、この工程では私にとっては必須です。
おもむろに使用済みの注射器を置いていたところ、家族に怪しまれたという経験も。。。
アーチの表面や手を加えたい箇所はまだまだありますが、ひと段落したので表板側と裏板側を撮影してみました。
このロング・パターンですが、個人的にとても好きなアウトラインで、いつまでも眺めていたくなります。
とにかくアッパー・バウツ(上部1/3の膨らみ部)のラインが秀逸ですね。


“タイタン”1715の乾燥具合を確認したところ、次の工程に進むことが出来そうだったので一晩ほど外気に晒すためUVボックス(ニス硬化ボックス)から出しました。
タイタンと、このヨアヒムを並べてみるとアウトラインの違いがより明確に解ります。
“タイタン”1715は無骨で荒々しい印象ですが、”ヨアヒム”1698はお淑やかなエレガントさに溢れているように感じないでしょうか。

“タイタン”1715のボディ長353mmに対して”ヨアヒム”1698はボディ長が362mmなので9mmの差があります。
そのためアーチの膨らみも”ヨアヒム”1698はそれなりのサイズ感を感じさせられます。
しばらく”タイタン”1715から離れていたのですが、改めて比較してみると”ヨアヒム”1698は膨よかで柔和な音色が想像できました。
今後はネック・スクロールの工程に移りますが、時々ボディの修正も加えてゆきます。日々、目にするたびに気がつく箇所があるので、あとは時間が解決してくれることでしょう。