ヴァイオリンに用いられるスプルースとメイプルという木材はヴァイオリンにとって音響的に理想的な材木です。「木材の比重とヴァイオリンに用いられる”トーンウッド”」についてご説明を。ステューデント/アンサンブル/オーケスタラ/ソリストなどのカテゴライズにも関係します。
ご興味があれば幸いです。
比重
木材の比重とは
全乾比重:含水率0%時の比重
気乾比重:含水率15%位の比重
を言います。
木材は、大気中の湿度に影響を受けて、含水率15%位になります。木材は一般には、乾燥材を言います。
物質の比重は物質の質量とそれと同体積の4℃の水の質量との比で表されます。
4℃の水の質量は1なので1より低い比重は水に浮き、1を超える比重は水に沈むという事です。
木材は細胞壁と多くの隙間で構成されているので、木材の重さを相対的に表現するには、木材の質量をその体積で割った密度で表されます。
杉や桧、スプルースの針葉樹は比重が小さく、栗や桜、メイプルなどの広葉樹は一般的に比重が大きくなります。比重が大きい木材は、体積が同じでも重くなります。
木材は細胞から成り立っているので空隙が存在しています。また含水率も関係してきますが、木材の大きさと重さから比重を割り出すことが出来ます。それぞれの樹種とその状態(乾燥度など)によってこの比重は異なりますが種ごとに大凡の平均値があります。
具体例
例えばヴァイオリンの表板のスプルース。
この平均値は大凡0.46として知られています。
そして裏板、横板、ネック/スクロールのメイプルは、やや高く0.67とされます。
因みにナットや指板に用いられるエボニー(黒檀)は1.3です。
楽器制作においてはこの比重が低ければ低いほど強度の高い素材となり、その結果、強度を保ちつつヴァイオリンの響板の厚みを抑える事ができ、したがって柔軟性に富む響板となり得ます。
厚く柔軟性のない響板より、厚みの抑えられた柔軟性のある響板の方が鳴りは良くなることはご想像いただけるかと思いますが一筋縄ではゆきません。柔軟性を重視しすぎて厚みを抑えると、素材の比重(強度)によっては強度の低い弱い板となってしまいます。
一つのヴァイオリンは表板と裏板の組み合わせで出来ているので双方にとってバランスの良い材木が用いられることが理想的です。
カテゴライズ
室内楽やアンサンブル向き、オーケストラ向き、ソリスト向きといったカテゴリーがありますが、当工房では素材となる板材とその強度やポテンシャルに見合った削り出しを施すことで各カテゴリーのキャラクターを創出しています。
つまり、木材次第で作り分けることが出来るとも言えますが、その逆もあるということになります。木材によってはソリストを目指してもアンサンブルになる場合もあるという訳です。(厳密な意味でのカテゴリーではなくイメージとして捉えてください)
下のグラフはイメージとして捉えやすくしています。
縦軸:スプルース
横軸:メイプル
縦軸は上方向に向かうほど強さのあるもの、横軸は右方向に向かうほど強さのあるものとなっています。

上のグラフから表板と裏板のバランスが良い具合に合致すれば特性の高い楽器になる可能性が高いことが見て取れると思います。仮にソリストを目指しても表板が強く裏板が弱すぎたりとアンバランスでは目標を達成できる可能性は低くなります。
トーンの設定
いわゆる「チューニング」です。簡単ではありませんが、スプルースとメイプルは樹種も役割も異なるので、お互いの長所を活かしながらバランスが保たれるように組み合わされなければりません。
ソリスト向きを目標としていても素材の資質とチューニングの良し悪しによっては目標をアンサンブル/室内楽向きに再設定する場合もありますし、ステューデント向きを前提としていてもアンサンブル/室内楽向き、あるいはソリスト向きになる場合もあります。
またスプルースとメイプルの強度を意図的にずらすことでメローで甘美な音色や輪郭のはっきりとした芯の通ったトーンに設定することもできます。
ただし、これは一般論であり、多くの例外も指摘されているので多要素と絡み合いながら音は生み出されます。
1つの指標として捉えておくことは、それなりに意義はあると思いますがこれが全てではありません。
実際
前作ストラディヴァリのロング・パターン”ヨアヒム”1698では裏板を破棄しなければならなくなってしまいました。具体的にご説明すると、、
上述しましたが表板の一般的なスプルース材の比重は0.46である点に対し、比重が0.3604のスプルースを表板として使用しました。標準的なスプルースの比重0.46と比較すると0.1の低さが特徴です。
比重としては理想的な素材であり、柔軟性については十分に見込むことが出来ます。その結果チューニング次第で応用も効きます。
そして、削り込み段階ではソリスト向きのチューニングで十分な柔軟性もありました。
裏板となるメイプルの一般的な比重が0.67ですが、最初は0.6562という約0.02低いものを上述のスプルース材と組み合わせて使用しました。平均よりやや下回っていたので対応可能と判断し削り込みを始めたのですが、スプルース材に対してバランスのとれたチューニングを施すと柔軟性がやや欠けており、これ以上進めるとチューニングのバランスが崩れてしまうという状態になりました。
この時点で取ることができる対応策として、裏板のメイプル材を基準として表板のスプルース材を弱めにチューニングし直すことでバランスを取ることも可能ではありました。ですが、良い木質のスプルースだったので、この表板材のスプルースを優先して裏板を再準備する事としたわけです。
新たに準備したメイプル材の比重は0.6158の木材です。これは約0.06低くなっています。破棄したメイプル材と0.04しか違いませんが、この差がとても大きく、同じ重量の時点で強度を調べると一段ほど強度が高いことがわかりました。その結果、厚みをより抑えることが可能となり無事に表板のスプルースに対してバランスを取ることが出来た訳です。
可能性を秘めた楽器を生み出したい
バランスが重要と耳にしても、それがヴァイオリンにとってどのような意味を持っているのかイメージしづらいと思い、1つの具体例として比重に焦点を当てました。
ただし、必ずしもこの比重が「ありき」ではなく、判断方法の1つという前提となります。
その他の要素は多岐に渡りますが、常に最善を尽くしたヴァイオリンを生み出したいと努力しています。
ご質問などがありましたらお気軽にご連絡ください。