2018年の幕開けはスクロールから。渦巻きの加工には気を配る部分が多く、頭の中まで渦巻いてしまいます。今回も製作の雑記ですがお時間があればお付き合いください。
昨年末になんとかボディが仕上がり、ネック材の製材を済ませていたので年明けからはネックとスクロールに集中しています。自分で組んだ予定が順調に進むと気持ちも穏やかになれるものの、製作では時には思いがけないアクシデントが起こったりもします。常に平穏に作業を進められると気持ちの持ち方に余裕が現れ、より細部へと気配りも出来るようになることを実感している昨今です。
とはいえ、余裕を心がけながら慎重に製作作業を進めてゆきます。こちらは製材した直後のネック材です。左がヴァイオリン用、右がヴィオラ用です。

ヴァイオリン用は完全な直方体ではありませんが必要とされる平面を出せそうだったので「当て木」は施しませんでした。ヴィオラは当て木を施したのですが、必要だった部分は大半が削り落とされ残ったのは当て木のわずか1/5ほどの部分です。
もう少し薄い当て木でも良かったのかなとも思いますが、足りないと困るので厚めを選びました。削り落とす労力は負担になりますが確実性を優先させたいものです。
製材したこの直方体がネックとスクロールになるというのはいつも面白いものです。この直方体にネック・スクロールが埋まっていると思うと、いまはただの木材ですが、とても愛おしく感じてしまいます。
ヴァイオリン、ヴィオラ共に準備しておいたテンプレートを側面にあてがい、アウトラインを印し付けます。G線側とE線側に完全に対照となるように位置を合わせます。

アウトラインを罫書きした後、数多くの小さな穴を渦巻き部分のラインに開けておきます。この点を繋げば渦巻きのラインが分かるようにしておきます。鉛筆書きだと作業を進めているうちに擦れてしまったり、見えなくなってしまうことがあるので点を開けておくことは理に適っていると感じます。
ペグボックスのペグ穴はその都度、コンパスや定規を利用して位置を割り出していましたが、今回はテンプレートに開けた穴を利用しました。
コンパスと定規で位置を割り出すと、補助線が邪魔になり必要なラインが見辛くなります(その都度消しゴムで消せば問題はないのですが)ので、テンプレートの通りに印しをつけるだけというのはやはり楽です。

木材が直方体の状態で、ペグボックスの穴を貫通させます。

ペグ穴はそれぞれをG線側とE線側から穴を開けて、中心部分で合流するようにします。片側から一気に貫通させるという手法もありますが、わずかな傾きがあった場合、ペグ穴も傾いた状態で空いてしまうので避けたほうが無難です。
左右から開けて中心部で穴がつながれば、左右対称でアウトラインを罫書けていることの証にもなりますし、製材で直方性が出ているということにもつながるので一安心出来ます。
G線側とE線側の罫書き位置が正しければ、ペグ穴は必然と中心部で繋がるのであまり心配する部分ではありませんが、ボール盤の台がドリルビットと垂直になっていることが「大前提」です。。道具を使う前のセッティング確認も、ついつい適当になりがちですが、しっかりと点検してから進めることが大切ですね。
この穴加工もそうですが、アウトラインを切り出す際にも垂直に切り出せるようにするため、製材時点で完全な直方体であることが求められます。直方体がいかに大切なのか改めて感じされられます。
そしてペグ穴が開けばネック・スクロールの切り出しです。

ヴァイオリンで42mm、ヴィオラで52mmの厚みがあるので垂直に切り出すのも簡単ではありません。
切り出しの際の僅かな傾きは仕方ありませんが、アウトラインより外側に切れていれば、切り出した後に修正が効きます。この傾きがアウトラインよりも内側だと、状態によっては修正が効きません。ゆっくりと時間をかけて切り出しますが、自分自身でも集中力が途切れないか心配になったりもします。

僅かながらアウトラインの外側に傾いていたので、垂直を確かめながら余分な箇所を整形してゆきます。少しの加工でも目視で進めると誤差が生じるので些細なことも常に確認と印付けが必要です。時間は掛かりますが精度には代えられません。

切り出しと整形が終わりました。これまではG線側、E線側の両側面からの加工でしたが、ここから正面と背面からの加工になります。
このスクロールの縦ラインもテンプレートを用いることが一般的なのですが、ここではCADで製図したデータをプリントして貼っています。その都度使い捨てで便利ですが、貼り付けた用紙に糊がしっかりと付いてしまっているので剥がす際には手間が掛かります。とはいえ曲線部にしっかりと沿わせられるのでラインが判りやすくて重宝しています。
上の画像では左がヴィオラ用のネック・スクロールです。お気づきの方はもうお判りかと思いますが、今回のモデル”1690メディチ”ではペグボックスがチェロ・スタイルのようにショルダーが付いています。
美観では、ヴィオラのショルダーはクラシカルさや上品さ、優美さを表現してくれるように感じさせられる事もあり個人的には付いている方が好きです。しかしその一方、演奏性という面においては厄介な存在であることも事実です。正直なところ人差し指の自由度が低下します。
楽器として見た印象はショルダー付きが好ましいものの、演奏性を考えるとショルダーなし(ヴァイオリンと同じスタイルのペグボックス)一択といったヴィオリストも決して少なくはないと思います。
ヴィオラでは腕を伸ばしがちなので、ショルダーがついていても気にされない方もいらっしゃるとも思います。それでも多くの方は人差し指がショルダーに干渉されて違和感を感じてしまうそうです。
ストラディヴァリは両手指で数えられるほどのヴィオラを遺しましたが、1734年のヴィオラ”ギブソン”を除くとどれもチェロ・スタイルのショルダーがついています。
次の画像では左からストラディヴァリ1690年のヴィオラ”メディチ”、1734年のヴィオラ”ギブソン”、ロメオ・アントニアッツィの1911年のヴィオラ(ショルダー有り)を並べました。
赤いラインはナットの下辺です。

ヴィオラのショルダー有りのペグボックスといえば上画像の右、ロメオ・アントニアッツィのスタイルが基本です。ナット下辺とショルダーの下辺が同じ高さになっている形状です。この場合、人差し指がペグボックスのショルダーに当たりやすく、好みが別れる部分だと思います。
そのため、上画像の中央、ストラディヴァリの晩年の作品”ギブソン”のようにショルダーをなくしてヴァイオリンと同じスタイルにしたヴィオラが好まれているように感じています。ストラディヴァリも晩年は演奏性を重視したようですね。
上画像の左をはじめとし、ストラディヴァリの初期から後期までのペグボックスはショルダーが付いているのですが、現在はどの作品も人差し指が干渉しないようにショルダーの下辺が上方向に引き上げられています。
上画像の左を見ていただければ解るようにナットが長くなっており、本来のナットの形でいう上辺からショルダーの下辺にかけてナットが伸びている形状です。
このナット形状はエクステンデッド・ナットと呼ばれていて、この形状に加工する理由を大別すると次の通りになると思います。
- ショルダーが指を干渉しないように人差し指のクリアランスを確保するため
- 音響的な理由から大きなヴィオラを演奏したい場合、腕が楽に届くようにさせたり、弦長を短くして演奏しやすくするため
実際にエクステンデッド・ナットを前提としてネックを加工するとペグボックスは人差し指を干渉しません。自由を感じます。

上の画像では人差し指に一番近い横線がナットの下辺です。ナットが長くなる事でショルダーの下辺が上がった結果、人差し指が自然な流れで収まります。
ストラディヴァリのエクステンデッド・ナットが施されたショルダーを作品ごとに見ていると、ショルダーが主張しすぎずスラっとしていて上品さが増しているように感じます。煩くないという感じでしょうか。また、ペグボックス下辺のエクステンデッド・ナットがアクセントになっていてエレガントさも感じさせられます。一手間掛けられた事による味わいかもしれません。
ちなみに当時の状態で残っているテナー・ヴィオラはこちらです。

1690年はストラディヴァリがヴィオラを製作し始めた初期に当たります。この当時の姿を見るとショルダーの下辺とナットの下辺が同じ位置です。おそらく1690年のメディチ(コントラルト・ヴィオラ)も普通のナットが付いていたのだろうと想像できます。
ショルダーの存在が故にストラディヴァリを弾かないというのは勿体無いですね。より良い演奏性を探った結果のエクステンデッド・ナットなのではないでしょうか。よく考えられています。
そのメディチ(コントラルト・ヴィオラ)に付けられているエクステンデッド・ナットを横からみると次の画像のようになっています。

重量の増加を抑えるため、本来のナットからショルダーに掛けての延長された部分は凹加工が施されています。グラフティング(ペグボックスはそのまま、ネック部分の取り替え)の際に弦長・ストップ・ネックの長さを考慮してエクステンデッド・ナットが取り付けられたことが読み取れます。
ストラディヴァリも偉大ですが、後世の技術者も偉大であるということを感じました。
製作に戻りますが、ここからスクロール(渦巻き部分)の作業が始まります。最終的な形状を思い浮かべながら、少しでも理想に近づくように余分な箇所を切り落としてゆきます。
少し切り落としてはスロープを繋げるという加工の繰り返しで渦巻きの粗彫りを施します。
普段は整理整頓していますが、佳境に入ると上画像のように散らかし放題です。。
粗彫りがひと段落ついた状態です。
傾斜部分やアウトラインの修正をしながらスクロールの側面の掘りを深めてゆきます。一気に彫り込みたくなりますが、少しずつ深めます。
では、これから縦の筋彫りに移ります!