先月、製作を終えたストラディヴァリのメシアが完成しました。完成直後に貸し出しとなり、非常に良い評判をいただいております。いかなる内容であれ『フィードバック』は貴重であると同時に励みになり、製作の原動力となります。
今後もヴァイオリンのみならず楽器についてのさらなる見識を深め、製作へ活かすことが出来るよう精進してまいりますので、どうぞよろしくお願いします。
メシアを完成させてから次のヴァイオリンのモデル選定に少し時間が掛かっているのですが、とある論文が発表されて読み込んでおりました。
ネイチャー誌、サイエンス誌と並ぶ米国科学アカデミー紀要<ピー・エヌ・エイ・エス>に提出された台湾チームによるヴァイオリンについての論文です。
PNASの該当論文へのリンクはこちらです。
発表されたのが約一ヶ月前の2018年5月21日。タイトルは「アマティからストラディヴァリまでのオールド・イタリアン・ヴァイオリンにおける音響の進化」。
面白そうなタイトルです。詳細を読まれたい場合は上のリンクからPNASへアクセスしてみてください。ここではかい摘んで要点をご紹介したいと思います。
この論文のきっかけ、つまり仮説ですが、それはバロック期のヴァイオリニスト、フランチェスコ・ジェミニアーニ(Francesco Geminiani)の1751年の記述「理想的なヴァイオリンのトーンは『最も完全な人間の声に匹敵する』」ということから始まったようです。
そこで、現代の音響解析機器を用いてアマティとストラディヴァリの発音音域特性を調べたところ、時代の流れや地域に沿った展開が見られたとの事でした。

このバロック期の歌手の多くは男性であり、時代が進むにつれて女性の歌手がクローズアップされることとなっているのですが、この流れはアマティの時代とストラディヴァリの時代に一致しています。
つまり、解析の結果、アマティの楽器は男性の声に合わせて発音されるような特性があり、ストラディヴァリについてはより女性的であったという結果です。
ソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テナー、バリトン、ベースの6つの基本的なボイスタイプタイプがあり、アマティはテナー寄りでストラディヴァリはアルト寄りという事です。
ストラディヴァリが「歌うような楽器」や「明るい音色」と表現されるのはアルト的な発音を生み出す事に起因しているのかもしれません。
かつてのヴァイオリン製作の巨匠たちは、それぞれ活躍していた時代ごとに求められる理想を実現していたという事です。

また、論文ではヴァイオリンの調査についての難しさも指摘しています。まず、調査のための貸し出し期間が短いため必ずしも最適な状態での調査とはならない事。セッティングにより変化する音色についての対策。そしてブラインド・テストの限界性。
人の脳における音色の記憶時間というのは数秒から数十秒しか続かないので、ブラインドテストでは楽器の持ち替えの間に「聴いた音色」が脳から減退してしまっている可能性が含まれるという事です。
論文では最後に21世紀のヴァイオリン製作者の課題として、「より理想的な女性の声の模倣」が挙げられています。つまり、これまでの歴史で進化したように、現在もこれからも時代の流れに沿うヴァイオリンが求められるのではないかという事です。
私も常々、『名だたる製作家の模倣ではなく、彼らが何を考え、そして何を求めて製作していたのか』を考えているのですが、一条の光が見えた気がします。
また、ブラインドテストの指摘についても個人的には懐疑的な部分があったのでとても納得しました。
脳波を測る技術がありますが、アマティ、ストラド、グァルネリなどを聴いたときの脳波を測定してみると、新たな切り口の一つとなるのかもしれませんね。
メシアを製作し、次の作品へと進んでゆきますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします!
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