弓先のチップ(イミテーション、ボーン、マンモス)

気がつけば、春。

だんだんと暖かくなるというより一気に春らしさを感じる日々になりましたが、皆さまはどのような春を迎えていらっしゃいますか?

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自然と共にヴァイオリンを製作していた時代、暖かくなる春はニスに取り掛かるには最良のタイミングでした。日差しが強くなる春先頃から、冬季の間に仕上げておりたホワイト・ヴァイオリンにニスを施し始めるのですね。その当時はニスを乾燥させるため、日光に当たるようにしていた様子です。

現代では人工的な紫外線を気軽に扱えるようになり、季節や天候に左右されることはありませんが、自然と共に楽器作られていた時代では一年の中にリズムがあったのではないでしょうか。

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今回は弓のチップを交換リペアです。

演奏中に何処かへ当ててしまってティップが割れることは考えにくいです。ティップが取れてしまう状況の大半は演奏以外で弓を手にしている時が大半ではないでしょうか。ふとした拍子に譜面台や椅子などの硬い部分へ軽く当たってしまって取れてしまったり(この場合は取れたことが判るので直ぐに対処できます)、気がつくと無くなっていたという場合が殆どです。どれだけ気を付けていても、こればかりは仕方のない事です。

チップは弓先を保護するという目的もあるので割れたり、取れたりするのはチップが使命を果たした証です。

チップが身を艇してスティックを守ってくれたわけですね。ですので割れて取れたり、剥がれに気が付いたりすれば、スティックの保護という為にも早めのリペアをオススメいたします。

チップ全体が残っていて剥がれているだけの場合は再接着だけで対処出来る場合もありますが、チップが欠けていると全体の交換となります。

下の画僧にある台形の孔は弓毛の束が押し込まれて、台形の木詮が詰められる孔です。その木栓で弓毛を固定しているわけです。

赤い丸で囲った場所のように台形の辺が長い部分はチップの幅がとても狭いのでヒビが入りやすい部分です。何かの衝撃でここにヒビが入ると、そのひび割れがキッカケとなり後のちに上半分が消失する可能性が高まります。

ここにヒビを見つけたら、近々チップの交換も視野に入れておくと心の準備にもなります。

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まずは残っているチップとライニング(黒い部分)をスティックから取り除きます

交換用のチップを準備して、スティックの先端の形状を写し取ります。今回はボーン(牛骨)をチップに、そしてライニングはエボニーなので、ボーンにエボニーを仮付けしています。エボニーは薄いと裂けやすいのでボーンと一緒に削ると綺麗に仕上がります。

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写したラインギリギリまでチップを荒削りします

出来るだけギリギリまで荒削りをしたいのですが、接着時を考えて少し余裕を持たせます。アウトラインの荒削りが終われば、チップの厚みを整えます。厚みを整えてから荒削りする方が効率的ですが、ボーンは割れやすいので厚みがある状態でアウトラインを整えます。

仮付けしたライニングを外し、チップの柔軟性を確認してスティックへライニングとチップを同時に接着します。順番は説明しにくいのですが、チップが付く面は僅かに湾曲しているので合わせるように気を配ります。イミテーションは柔らかいので気になりませんが、ボーンとマンモスは一番神経を尖らせる場面です。

そしてチップがスティックへ固着したあとは弓先の形状に合わせて整形してゆきます。

イミテーションの場合はよく切れる刃物で整えたりもしますが、ボーンとマンモスはヤスリで地道に削り落としてゆきます。もっとも時間の掛かる部分です。

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均等な接着と負荷のため下穴は開けていません

スティックに当たらないように気を付けながら整えて、前後左右から仕上がりを確認して次に進みます。イミテーションの場合は下穴を開けてから接着することもありますが、ボーンとマンモスは接着後に孔を開けます。

ここで先ほど取り除いたチップをテンプレートにします。

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取り除いたチップは此処で役立ちます

鉛筆で下書きをして、下穴を開ける場所を決めます。

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あくまでも目安のラインです

ピンバイスで下穴を開けます。

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ようやくチップらしくなりました

下穴を基に台形に整形してゆきます。

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色々なヤスリを使い、仕上げてゆきます

台形の孔が完成し、弓の重心を考慮して厚みを整えればチップの交換は完了です。仕上げに目の細かいサンドペーパーで磨いてゆくと味わいのある艶が生まれます。

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輝くような艶が素敵な雰囲気です

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上の説明の中で「イミテーション」「ボーン」「マンモス」と記載しましたが、チップの素材の呼称です。

イミテーション

イミテーションは人工象牙ということで、質感も象牙に似せられています。プラスチックと言っても種類が多くありますので、製品毎の正確な名称はわかりません。一口で言えば樹脂で出来ていると言えます。象牙に似せるため層毎に透明度が異なる樹脂が使われています。そのため、真っ白ではありません(製品によっては単色のものもあります)。イミテーションは加工も楽なので交換に掛かる時間も少なく、安価でご提供出来るチップです。

ボーン

ボーンは牛骨で、標準的な素材です。色艶、質感が良いので長くご愛用いただけるチップです。イミテーションとの価格差は素材の差というより加工時間の差のように感じます。なおイミテーションの方が柔軟性が高く、ボーンは硬質的なので衝撃に強くありません。

マンモス

マンモスは永久凍土から採掘される象牙の代用品です。現在における象牙取引は1975年以前の象牙、その後の2回のワンオフを別として原則輸出入禁止となっているので、象牙に代わる素材としてマンモスの牙が流通しています。マンモスは既に絶滅しているということ、また凍土に眠るマンモスは推定1千万体あるとの見方から輸出入が禁止されていません。そのため販売や加工・修理に制限がありませんのでご安心してご利用いただけます。

当工房ではイミテーション、ボーン、マンモスと素材を揃えていますので、お気軽にお問い合わせください、

チップ交換費用

  • イミテーション ¥6,000- (税別)
  • ボーン ¥10,000- (税別)
  • マンモス ¥15,000- (税別)

 

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左よりイミテーション・ボーン・マンモス

上の画像は各素材の色合いや質感の違いが判ればと参考に撮影しました。アイボリー材(象牙)の上にチップ素材を置いているので、象牙と比較していただけます。

イミテーション(左)は象牙に近い色合いで、ボーン(中央)はホワイト、マンモス(右)は象牙とほぼ同じ色合いと質感です。

素材の種類が同じでも質感や色合いに違いがありますが、ご参考になれば幸いです。

伝統的に象牙がチップの材料として用いられてきましたが、これはスティックのペルナンブーコと同程度の比重であり、仕上がりの美観も良い事から選ばれていました。

どのチップが最適なのか

基本的なチップの選び方は、購入時に付いていた素材と同じものを選ぶ事をお勧めいたします。弓の製作家が意図したバランスを重視し、さらに変化を持たせたい場合は素材ごとの重さと弓のバランスを考慮して素材を選ぶと良いと感じます。いずれの素材も厚みを調整する事でバランスを保つことは出来ますのでお好みに合わせるのも良いと思います。

 

チップについてご質問など御座いましたら、下のフォームからお気軽にお問合わせください。

 

象牙

余談ですが、個人的な私物には象牙を使ったりもします。象牙の印鑑が販売されている状況なので素材の入手には困らないのですが(それでも貴重な素材です)、象牙が扱われにくい理由は下の2点です。

  1. 国外への持ち出し禁止
  2. 象牙の販売、加工、修理を行うための事業者登録

問題点はこの2つですが、海外へ楽器を持って行く際に問題となるのが、この1番です。厳しいところであれば渡航先の税関でトラブルになる原因にもなり得ますのでお気を付けください。もっとも、海外への持ち出し予定がない弓の場合には気にする点ではありません。

現実的に一番大きい問題なのが2番です。工房として象牙の加工や修理を行う場合は登録が必要になります。常に象牙の扱いがあるのであれば登録維持費は必要経費と割り切ることが出来るものの、実際に象牙を扱う機会というのはあまりありません。個人が加工し、所有する場合は登録は不要なので、個人的な使用に限っているのもこれが理由です。

つまり、楽器に象牙が使われていた場合は修理を依頼するにはこの登録をしている場所に限られる事となります。このような制限があるので、利便性は高くありません。気軽な修理が出来ないこと、そして売却や下取りの際では場合によって象牙部分を外す必要があります。

因みにデル・ジェスの1743 “IL CANNONE” はナットに象牙が用いられています。

全ての楽器店や工房がこの登録をしている訳ではありませんし、輸出入の制限もあるので当然ですが象牙を使う事が控えられるようになります。もちろん環境や現生生物保護の観点からも大事な事です。このような制度により販売・修理を制限し、需要そのものを抑止しているという事が実感出来るのではないでしょうか。

ただし、この制度の潜在的な問題点が指摘されたり、産出国側では輸出希望を蔑ろにしているとの声もあるようです。また、近年では増加した象と現地の人々との間での衝突も表面化しつつあるようです。

シルクロードの時代から美術品に用いられてきた象牙ですが、今は判断の難しい時代ですね。

このような素材の一例を鑑みると、指板に使われているエボニーも楽観視出来ません。現在も進行形でエボニーに関わる環境は少しづつ変化が起きています。

素材を考えると、楽器は自然の賜物だという事を思い知らされます。自然との共生があってこそ日々の食事があり、そして楽器もある訳ですので、そういった感謝の意を自分にも常々言い聞かせています。

豆知識

象牙とマンモス牙の違いは断面を見ることで判断することが出来ます。

象牙質部分の横断面には象牙細管が無数に通っていて、この穴が繋がって線のように見えるのですが、この線の交わり方に象牙とマンモス牙それぞれの特徴があります。

下の図はアフリカ象のものですが、象牙細管が繋がって曲線に見える線がシュレーゲル線と呼ばれるものです(発見者の名前から名付けられた名称です)。

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象牙細管とシュレーゲル線

 

この曲線が交互に交わっている部分の角度を測ることで、象牙かマンモス牙かを見分けることが出来ます。

こちらは象牙です。いくつかの角度を測り、その平均値の角度が115°以上だと象牙であることが判ります。

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象牙

 

こちらはマンモス牙です。同じ手法で角度を測り、平均値が90°以下の場合はマンモス牙であると判断できます。

Screen Shot 2019-03-24 at 14.00.41
マンモス牙

※環境省:象牙とマンモス牙 -識別マニュアル- より

 

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少し脱線しましたが、今日の最後の仕事は松脂塗りです。チップとは別件で、別の弓です。春ということもあり発表会が近いお客さまの毛替えです。

より掛かりがよく、発音の良い松脂のご相談もありましたので、現在使用中の松脂を基準に検討し、アンドレア・ソロをお薦めさせていただきました。

お渡し予定の日にレッスンがあるとの事でしたので、即時で弓を使えるように毛替え後の弓にアンドレア・ソロを馴染ませてゆきます(ご希望でしたので塗布させて頂きました)。

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箱には型押しでヴァイオリンのスクロールが立体的に表現されています。プラケース付きなので持ち運びにも便利です
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ピントを合わせても色が黒いのではっきりと見えませんが、結構大きめのケーキで使いごたえのあるサイズです

このメーカーは過去にタルティーニという松脂を製造していましたが、会社が譲渡される際にはタルティーニがなくなるという事となり、買い占めなどが起きたメーカーです。日本での知名度は高くありませんが、評価は非常に高い松脂です。

会社が譲渡され、タルティーニの商品名はなくなりましたが、タルティーニを改良した松脂が現在のアンドレアとなります。

演奏性という点では掛かりが良いのですが、これには「良い意味」で語弊があり、厳密には「弦に吸い付くかのような感触」です。また圧を掛けても無駄な圧は逃がしてくれるような粘度なので音潰れの心配から解放されます(もちろん限度はあります)。

弦を選ばず扱いやすい松脂で、サウンドもハッキリとしている事からソリスト的なサウンドを求められている場合にはお薦めしている銘柄です。

工房、オンラインショップ共にソリストは売り切れで在庫はオーケストラのみですが、近く発注を掛けますので、ご希望がありましたらご予約という形で承ります。

その場合は下記のフォームからお知らせください。

 

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